諸葛亮

諸葛亮(しょかつりょう)。字は孔明(こうめい)。中国後漢末期から三国時代の人物。蜀漢の丞相となる。兄は諸葛瑾、弟には諸葛均がいる。
荊州に滞在していた劉備の三顧の礼を受け、天下三分の計を説き、劉備に仕えるようになった。曹操の南下により劉備軍は逃走。諸葛亮は孫権配下の魯粛と共に孫権のもとに行き劉備と孫権の同盟の締結を説いた。赤壁の戦いでは劉備と孫権の連合軍の勝利に終わる。劉備の入蜀の際に張飛趙雲らと共に行動した。曹操死後に曹丕の皇帝となったことに対し劉備は皇帝に即位し、諸葛亮は丞相となった。劉備はに攻め込むが陸遜の前に大敗、白帝城に逃げ込んだ。死を前にした劉備に後事を託される。諸葛亮は劉備の子の劉禅を補佐することを伝えた。
北伐の際には出師表を上奏。北伐は5度に渡ったが叶わず、5度目の北伐のときに魏の司馬懿と五丈原にて対陣中に病没した(五丈原の戦い)。

<三国志演義では>
博望坡の戦いで曹操配下の夏候惇の大軍を小勢で撃破。赤壁の戦いでは孫権を説得するために魯粛と共に呉に渡る。大量の矢を集めたり東南の風を吹かせたりしている。これらのために孫権配下の周瑜に非常に警戒される。蜀攻略では劉備の援軍として張飛や趙雲らと蜀に入った。劉備が皇帝になった後の呉侵攻には反対するが劉備は強行。劉備は夷陵の戦いで陸遜に敗北した。白帝城に逃げ込んだ劉備から後事を託される。劉備死後の南征では南蛮軍の孟獲を心酔させるために部下の魏延を使って何度も孟獲を捕まえたり放したりたりしている。最初の北伐では姜維を降伏させたりして進軍していくが、街亭の戦いで配下の馬謖が司馬懿に敗北してしまい撤退を余儀なくされる。魏の大軍を前に空城の計をして魏軍を退却させた。馬謖の敗北は全軍撤退の引き金となったため馬謖を斬ることになり涙を流した(泣いて馬謖を斬る)。その後も北伐を繰り返すが上手くいかず張苞関興らも死んでいく。魏延が命令に従うことを拒否したりもするが使い続けざるを得ない状態が続く。五丈原の戦いで司馬懿と対峙するが司馬懿の持久策を前に蜀軍は決定的な勝利を得られないうちに諸葛亮は病にかかってしまう。延命のための祈祷を行うがそれを知らない魏延によって祈祷は失敗してしまい、諸葛亮は楊儀や姜維らに遺命を残す。
諸葛亮の死ぬとそれを知った司馬懿は蜀軍を追撃するが、諸葛亮の残した策にはまり退却した(死せる孔明生ける仲達を走らす)。そして魏延もまた諸葛亮の残した策によって馬岱に斬られた。

<関連ワード>
三国志の三国(蜀漢
三国志演義
伏竜・鳳雛(伏竜は諸葛亮、鳳雛は龐統のこと) 
臥竜鳳雛(臥竜は諸葛亮、鳳雛は龐統のこと)
孔明の出廬
泣いて馬謖を斬る
五丈原の戦い
天下の奇才なり
死せる孔明、生ける仲達を走らす(仲達は司馬懿の字)
泣いて馬謖を斬る

<世に出ているゲームなどの作品での扱い>
容姿端麗な知性のある人物として書かれることが多い。不思議な能力をもつこともある。
ことシミュレーションゲームではゲーム最高(クラス)の知力を持つことが多いようだ。



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